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2026年7月17日開催 第29回日本臨床救急医学会総会・学術集会 ランチョンセミナーダイジェスト

AI・XRは救急現場をどう変えるのか。「傷病者を見る時間」を取り戻すための救急医療情報システムの未来像

救急搬送件数の増加や高齢化を背景に、救急現場では限られた時間の中でより多くの判断が求められるようになっています。傷病者への対応だけでなく、活動記録や情報共有など、救急隊員が担う業務は複雑さを増しています。

デジタル化が進んだ現在でも、救急活動中に端末へ入力する時間や、搬送先医療機関へ情報を伝達するための負担は決して小さくありません。本来であれば傷病者の状態を観察し、声に耳を傾け、わずかな変化を見逃さないことに集中したい―。その思いと現実との間には、まだ埋めるべきギャップがあります。

2026年7月17日に開催された第29回日本臨床救急医学会総会・学術集会のランチョンセミナーでは、救急現場が抱える課題を起点に、AIやXRを活用した救急医療情報システムの未来像と、その実装に向けた現在地が紹介されました。

セミナーで描かれたのは、AIやXRを活用して記録業務を効率化することだけではありません。テクノロジーによって救急隊員が「傷病者を見る時間」を取り戻し、人にしかできない判断やコミュニケーションへより多くの時間を充てられる未来です。

「記録」が救急活動の負担になっている

救急現場では、電子化が進んでもなお、活動記録を残すための負担が大きな課題となっています。

藤沢市消防局 救急救命課 主幹 消防司令の鈴木真也氏は、端末入力を得意とする隊員と苦手な隊員の差が生まれていることや、紙による確認作業が依然として残っている現状を紹介しました。こうした課題は個人の習熟度だけで解決できるものではなく、救急活動そのものの流れに起因する「構造的・行動的な課題」と捉える必要があるといいます。

救急隊員が傷病者の状態を観察しながら情報を整理し、必要事項を記録し、さらに医療機関へ正確に伝える。この一連の流れは、経験や技術だけでは補えない負荷を伴います。だからこそ、現場で必要なのは入力作業を効率化することではなく、「記録する」という行為そのものを見直すことです。

「情報は持っているだけでは価値にならず、必要な相手へ届けて初めて意味を持つ」。鈴木氏は、そのためには人が記録を作成するのではなく、救急活動そのものをデータとして取得し、AIが自動的に整理・構造化する仕組みが必要だと語りました。

AIが変えるのは入力ではなく救急活動

AIが担う役割は、音声入力やOCRによって入力を効率化することだけではありません。現場で交わされる会話、バイタルサイン、位置情報、映像など、活動中に発生するさまざまな情報をAIがリアルタイムで統合し、一つの活動記録として構造化する。人が情報をまとめるのではなく、活動そのものが自然に記録へ変換される世界です。

この考え方が実現すれば、救急隊員は端末を操作する時間を減らし、その分だけ傷病者へ視線を向けることができます。表情や呼吸の変化、家族との会話、現場のわずかな違和感など、画面ではなく傷病者から得られる情報に集中できる環境が生まれます。

テクノロジーが目指すのは、人の役割を置き換えることではありません。人が本来担うべき観察、判断、対話を支えるために、AIが記録という役割を引き受ける。救急医療情報システムの未来像として示されたのは、そのような人とテクノロジーの新しい関係でした。

実装への現在地

XRを活用した検証では、スマートグラスを介して取得した音声や映像、OCRによる文字情報をリアルタイムに連携し、活動記録として活用するイメージが示されました。 技術の目的はデバイスを導入することではありません。救急隊員が傷病者から視線を外さず活動できる環境を実現することにあります。

救急活動では、観察や処置、傷病者や家族とのコミュニケーションなど、目の前の状況に集中することが何より重要です。その一方で、活動記録や情報入力も欠かすことはできません。XRやAIは、その相反する役割を両立させるための技術として位置づけられていました。人が入力することを前提にシステムを設計するのではなく、活動そのものをデータ化し、必要な情報をAIが整理する。その考え方は、救急医療情報システムのあり方そのものを見直す提案ともいえます。

もちろん、実用化に向けた課題もあります。現時点では、ARグラスのカメラ性能やOCR精度など、ハードウェアに起因する制約も少なくありません。しかし、AIやデバイスは急速に進化を続けており、現場で蓄積されるデータによって、より実用性の高いシステムへ発展していく可能性が示されました。

テクノロジーが進むほど、人にしかできないこと

AIが進化した先に救急隊員の役割はどう変わるのかというテーマにも話題が及びました。

AIが進化しても、人の役割が小さくなるわけではありません。藤沢市消防局 救急救命課 主査 消防士長の野林宏輝紀氏によって、若手隊員の立場から、新しいデバイスへの期待が語られました。救急隊員として現場に立つ以上、本来は傷病者をしっかり観察し、状態を把握しながら活動したい。しかし現実には、運転や入力業務などに時間を割かれ、傷病者と向き合う時間が十分に確保できない場面もあります。入力負荷が軽減されれば、救急活動の本質に立ち返ることができるという期待が示されました。

また、AIの活用は業務効率化だけにとどまりません。経験の浅い隊員に必要な確認事項を提示するなど、日々の活動そのものをOJTにつなげる可能性も紹介されました。

一方で、登壇者に共通していたのは、「AIが判断を代替するものではない」という考え方です。AIは必要な情報を整理し、判断を支援する存在です。最終的に傷病者の変化を察知し、現場の状況を読み取り、相手に寄り添いながら意思決定を行うのは、人の役割であるという認識が共有されました。

「傷病者を見る時間」を取り戻すために

AIやXRという言葉からは、最先端の技術が先行して語られがちです。しかし、本セミナーを通して見えてきたのは、テクノロジーそのものではなく、「人が本来果たすべき役割」を支えるという発想でした。

活動記録を残すことも、情報を共有することも、すべては傷病者へより良い医療を届けるための手段です。AIが記録を支え、XRが情報へのアクセスを支え、その先で救急隊員が傷病者に向き合う時間を取り戻す。その未来像は、救急現場の働き方だけでなく、救急医療情報システムのあり方そのものを問い直す提案でもありました。

救急医療情報システムが目指すのは、記録業務を効率化することではありません。AIやXRが情報処理を担うことで、救急隊員が傷病者の観察や判断により多くの時間を使える環境をつくることです。人とテクノロジー、それぞれが担う役割を明確にしながら救急医療を支えていく。本セミナーでは、その未来に向けた具体的な道筋が示されました。

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