今回は、システムの導入検討から現場での運用まで携わっている、札幌市消防局警防部・救急課救急係消防司令補 岸山孝一郎さんにお話を伺いました。
「NESR mobile」の活用シーン
救急車の出動要請を受けた救急隊は、NESR mobileのモバイル端末と共に現場に向かい、現場ではNESR mobileを使って患者の情報や症状を記録します。AI技術を活用したOCR機能で、患者の身分証明書、お薬手帳、さらに生体情報モニタ等を撮影して文字情報に変換でき、より迅速かつ正確に情報を記録できるのが特徴です。事故状況や負傷程度等の写真も撮影し、病院の受入連絡に必要な情報を取得します。
医療機関には、それらの情報を送信した直後に電話をかけ、受け入れの可否を確認。病院に向かう救急車内では、追加の情報を入力し、救急隊員が得た情報を医療機関に送信します。搬送先医療機関では、患者情報を院内で共有が可能で、電子カルテに反映させることもできます。
患者搬送を終え、帰署後に隊員が取り組むのが、報告書の作成業務です。NESR mobileで入力した情報を、QRコードを利用して読み取り、OAシステムに反映することができます。
導入メリット1:現場で得た情報がOAシステムに反映され、報告書作成業務の負担を大幅に軽減
当消防局の救急隊は、日勤隊5隊含め36隊で、年間の出動件数が4,000件を超える救急隊が増加しています。患者の搬送を終え、帰署した直後に再び出動する、というケースも珍しくありません。これでは体力の温存どころか、書類作成の時間も満足に取れない。隊員たちの負担感は大きくなるばかりでした。
しかし隊員の数を増やすことは容易ではありません。救急需要増加に対応するには、業務の効率化が必要不可欠でした。救急隊員の労務負荷の深刻化は、市民が安心して暮らせる救急医療体制を維持するためにも、決して看過できない問題だと考えています。
消防局として最もメリットがあったと感じるのは、OAシステムとの連携による報告書作成の効率化です。以前は紙の帳票に記していた内容を読みながら、パソコンに打ち込んでいました。現在はQRコードを読み込めば、NESR mobileに入力した項目を自動で報告書に反映させることができます。通常の出動内容であれば入力項目がおおよそ1/4程度まで圧縮できており、作業時間が短縮したと体感しています。 また病院側も同様に、QRコードを利用して電子カルテに情報を転記できます。
導入メリット2:病院への情報伝達の精度が上がり、最適な治療をより早く提供
救急隊が病院へ傷病者の受け入れを要請する際、以前は救急車内で患者からヒアリングした手書きのメモをもとに、電話で患者説明のプレゼンテーションをしていました。現在は、モバイル端末に入力した情報を病院に送信します。これにより情報伝達の精度が上がりました。文字情報に加え、現場の写真も前もって共有できるので、病院側は患者の症状や重症度を多くの情報から推測できます。救急隊の到着前に適切な検査や処置を予測し、その準備を整えることができるのです。
また初めに要請した病院が受け入れ不可だった場合も、別の病院に同じ情報を送信します。つまり、何度も同じプレゼンテーションをする必要がないのです。コロナ禍以降、現場滞在時間は延伸する傾向にありましたが、その短縮効果にも期待しています。実証実験中のデータでは、病院への連絡時間を1件につき約1分削減できました。
導入までの経緯と、今に至るまでの道のりは?
2022年度、救急医療関係者や関係機関からなる2つの当市の委員会から、ICTの技術と、患者情報や受入可否状況などを可視化するシステムの導入が提言されました。これらを踏まえ、関係機関が連携しシステムの導入に向けて準備を進めました。
システムを開発・提供してもらうメーカーの候補は複数ありました。メーカーを選定する上で重要視したことは、実証実験で病院連絡時間の短縮効果が得られたこと、他の地域での導入・運用実績があること、また、医療機関側の事情に精通していることです。これらを満たしているメーカーによる入札を行いました。
医療機関への働きかけについては、TXP Medicalの協力を得て滞りなく進みました。これまで救急外来をはじめ多くの医療部門でDXに取り組んできた企業だけあり、各組織や医療従事者への理解度が高く、コミュニケーションに長けていると感じました。
23年度に契約を結び、約1年かけ“札幌仕様”へのカスタマイズと改善に取り組みました。実証実験を経て24年2月、保健所の救急搬送支援システム「SIRIUS」と合わせて本格運用を開始。NESR mobileとSIRIUSを連携させることで、救急搬送現場から病院内予後まで、リアルタイムの救急医療情報を可視化する、日本初の システムが完成しました。当市の課題であった救急医療の「見える化」は、消防だけでは実現できません。その意味でもTXP Medicalのコミュニケーション能力、バックアップ体制は心強いです。
今後の展望:関係機関と連携して活用を推進し、市民サービスの向上へ寄与したい
これからも現場での運用状況や、隊員からの意見を汲み取り、システムの拡充につなげていきたいです。救急隊がより使いやすいシステムとなるようカスタマイズを図るとともに、より効率的な運用ができるよう参画医療機関の拡充を図っていきたいと思います。市民サービスの維持向上を図るためにも、TXP Medicalや市内の関係機関との協力関係強化は必須です。かつての当市と同様、慢性的なリソース不足に悩む地域にとって先例となるような、効果的な運用を目指します。